クラシックロックドリルの世界
番外編⑦ 空気圧縮機と空圧機械
1.足尾銅山の大型コンプレッサー(空気圧縮機)
足尾銅山では、明治19年(1886年)のさく岩機導入当初、坑内に小型コンプレッサー(空気圧縮機)を設置して空圧さく岩機の動力としていましたが、さく岩機の台数が増えると坑内設置では不便となってきたことから坑外に大規模なコンプレッサー場(動力所)を設備して対応するようになりました。
コンプレッサー場は本山動力所、通洞動力所、小滝動力所の三か所に設置され、現在でも本山動力所の建屋と当時の大型コンプレッサー2台(米国インガーソルランド社製)が残っています。
コンプレッサーの構造は低圧-高圧のレシプロ式二段圧縮、駆動はモーター直結型構造となっています。
低圧圧縮機(1段目)で圧縮された空気が高圧圧縮機(2段目)に送られて2段階で圧縮されます。
1段目と2段目をつなぐ上部の太い筒は水冷構造になっており、1段目で高温になった空気を冷却して2段目に送ります。
1段目―2段目間の巨大なホイールはシンクロモーター(GE製)で、両側の低圧圧縮機と高圧圧縮機のコンロッドに直結しています。
シンクロモーター(同期電動機)は始動トルクを持たないため、停止した状態から始動するためには何らかの方法でモーターを一定の回転数まで回さなくてはなりません。
このため第8号機にはベルト掛けの始動モータが付属しています(他起動法)
直流始動モータて所定まで回転数を上げた後に、シンクロモーターへ交流電流が給電されコンプレッサーを動作させます。
足尾銅山では明治23年(1890年)に足尾町間藤に水力発電所(直流)が完成していますので、この直流電流で始動モータを起動したと考えられます。
第4号機には始動モータが付属していませんので、第8号機と結線して同期始動法にて、同時にシンクロモーターを起動したと思われます。
同時期に古河好間炭鉱に納入された同型機の図面では、このモーターは、シンクロモーターの回転子に直流電流を給電するための"EXCITER"(励磁器)と記載されておりますが、今後の調査が期待されます。
2.空圧機械と坑内換気
鉱山や隧道(トンネル)工事では作業者の安全のため坑内換気が重要となります。特に発破を行うと爆薬燃焼時に大量の一酸化炭素など有毒ガスが発生するため適切に換気を行わないと入口から数十m程度の深さでも生命の危険が発生します。
当初は抗内外の気温差を利用した自然換気のみでしたが、抗内外の温度差が大きい夏冬は有効でも温度差の小さい春秋は坑内の空気が非常に悪くなるため汚れた空気を吸い出す排気法と坑内に新鮮な空気を送り込む送気法を組み合わせた強制換気が併用されるようになりました。
電動モータの機械式ファンによる換気が一般的になる前のトンネル工事では次のような強制換気が行われていました。
●排気法の例:
抗口に設置した大型ボイラー(火炉)の吸気口にトンネルの奥から敷設した鉄管を接続します。ボイラーを焚くことで坑内の空気が火炉に吸われて排気されます。
●送気法の例:
日本独自の方法として江戸時代からの伝統農具「唐箕」を人力で回し木樋等を用いた送気が行われました⦅奥羽本線板谷隧道:1899年(明治32年)、中央本線笹子隧道:1903年(明治36年)など⦆。
さらにさく岩機などを動かす圧縮空気も第三の換気方法(送気法)として重要視されました。
例えば戦前のデンバー大型空圧さく岩機W7(ドリフタ)は一分間当たり5kg/㎠の圧縮空気約4㎥を消費しますが、これは外部から毎分約20㎥の空気を供給することと同じになります。
一般にセン孔は複数台のドリフタを使用して一回に1~2時間行われますので、作業中はミスト混じりとは言え、大量の空気が切羽に供給され坑内換気に貢献します。
また、発破時に切羽前面に高圧空気を吹き出し、発破で発生した煙を薄めて抗口に押し出す「吹かし」と言う作業も行われましたが、「吹かし」だけでもかなりの換気ができました。
さらにさく岩機と併せて多量の空気を使用する空圧式機械を使用すると坑内の空気は更に良くなります。一例として上越線湯檜曽隧道(1931年開通)では大型空圧ズリ積み機(バケットローダー)を使用したことで深さ1.6kmの掘削でも特に換気設備を必要としないほどでした。
このように換気設備が未発達な時代には、坑内で空圧さく岩機など空圧機械を使用することは坑内環境の改善に大きく貢献しました。
機種 |
600B |
重量 |
2,000 kg |
バケット容量 |
0.156 ㎥ |
エヤモータ |
7.5HP ×2 |
空気消費量
(使用圧力) |
3~3.5 ㎥/min
(5~7 kg/㎠) |
バケットローダー稼働状態
現在国内で実際に稼働するバケットローダーを見学できるのは、あしおトロッコ館だけです。
3.空圧サンプポンプ(排水ポンプ):SUP32
トンネル(隧道)工事現場での湧水は作業の邪魔になるので導坑盤の一部を掘り下げて排水路として処分しますが、ある程度の湧水は有毒な炭酸ガスや塵を溶かし込んで坑外に流してくれると歓迎もされました。
しかし湧水がくるぶしを超えて溜まる位になると作業に支障が出るため、多量の湧水が発生する時は、別に排水トンネルを掘削したり、ポンプを利用して排水しました。
特に常に湿度が高く湧水があるような場所では、さく岩機と同じ圧縮空気送気管にホースをつないで水中に放り込むだけで、感電の心配をせずに排水を行える空圧サンプポンプが重宝されました。
機種 |
SUP32 |
重量 |
32 kg |
エヤホース内径 |
25 mm |
排水ホース内径 |
65 mm |
使用空気圧力 |
3.5 kg/㎠ |
空気消費量 |
2.5~3.0 ㎥/min |
揚程 |
揚水量(空気圧力 4kg/㎠) |
25 m |
200 L/min |
20 m |
350 L/min |
15m |
500 L/min |
※2台直列に接続することで揚程を80%増すことができます。
空圧サンプポンプは取り扱いが簡便なことから土木工事や坑内で溜水や泥水の排水などに広く使用されました。取り分け、潜函、マンホール、船底などの閉ざされた空間で排気ファンと併用することで、酸欠事故および硫化水素中毒事故を防止する一助になりました。
引用:
足尾銅山の世界遺産登録を推進する会 会報第13号
実地応用隧道新書 相澤時正 博文館 明治39年
隧道工学 小林紫朗 工業雑誌社 昭和9年